阪神大震災技術報告

                      平成7年3月11日
大野義輝

個々の被害建物の調査及び診断に立会い、建物の被災度の判定と応急的な補修・補強対策の為に現地に赴きました。この為被災地区全体的な被害状況については十分に把握出来ていないので、学会、新聞等よりの情報と、私見による断片的な報告です。

地震による被害状況

 今回の地震による建物の倒壊・被害状況は、古い木造住宅、古い鉄筋コンクリートビルに壊滅的なダメージを受けた建物が多く見られます。原因として地震動そのものが上下動を含めかなり大きかったこと、建物の老朽化、旧基準による設計、構造計画上の問題等が考えられます。

 特に建築物では昭和45年以前に建てられたもの、新耐震設計であっても1階ピロティー形式の建物に被害が多かったこと、昭和56年以降の高層ビルではほとんど被害が見られなかったことに特徴があります。また、昭和45年以前でも、設計に特別の配慮をはらった建物に関しては被害があまり無かったのも確認されています。

構造種別の被害の特徴

(1) RC造

   1) ソフトストーリー部分にダメージが集中している。(ピロティー、1F店舗)

   2) 短柱のせん断破壊(腰壁、垂壁付柱)

   3) 整形な建物の中間層の被害

    ・ 柱崩壊系の建物。

    ・ 剛性変化が大きい建物。(異種構造、セットバック、柱のしぼり等)

    ・ 旧基準では中間階の設計用せん断力が小さい。

    ・ 上下動による軸力変動で柱の耐力がM−N曲線から外れる建物。 

    ・ 上下動の柱内伝播の重なり合い。

    ・ 上下動のP−δ効果によるエネルギー吸収能力の低下。

   4) ねじれによる被害

    ・ 偏心の計算に用いている剛性評価が実際と違う建物。

   5) エキスパンション、渡り廊下

    ・ 間隔不足。

    ・ 大きな渡り廊下では自重の慣性力を主体構造に伝えきれていない建物。

   6) 基礎の破壊による不動沈下

(2) S造

   1) ブレース

    ・ せん断力が最初に集中。

    ・ 接合部での破断が目立つ。

    ・ 面外方向の力でブレースが面外にずれ、面内方向の耐力を失った。

   2) 柱梁接合部

    ・ 接合部が最初に壊れると変形性能が発揮できず、地震エネルギーを吸収できない。

    ・ 隅肉溶接部での破断。

   3) 柱脚

    ・ 腐食によるアンカーボルトの欠損。

    ・ 根巻き部の耐力不足。

 

被害状況一覧表 (被災地全体像)

構造種別

被害状況

備  考

@超高層・高層建物

(HRC造)

被害なし

A超高層・高層建物

(SRC造)

昭和45年以前の建物の一部に

被害あり。

公団マンション(20階建)

1、2階圧壊(長田区)

青木神鋼社宅 (10階建)

1階圧壊(東灘区)

B中低層建物

(RC造)

特に昭和45年以前の建物に傾

斜倒壊などの致命的被害が集中

ピロティチィ形式の建物

偏心の大きな建物

中間階での柱の圧壊

C超高層〜低層建物

(S造)

柱鉄骨の脆性破壊が一部発生

芦屋浜シーサイドタウン

電鉄高架支柱脆性破壊が一

部で発生

D3〜5階建集合住宅 (壁式RC造

ほとんど被害なし

E 木造建物

特に瓦屋根の古い建物に倒壊の

被害が多い。人命損失が甚大

プレハブ系、ツーバイフオー

工法は被害が少ない

F土木構造物

(高速道路、鉄道高架、地下鉄、港湾施設等)

倒壊、傾斜、沈下など多大な被

害が発生

耐震基準の相違により被害の

バラツキが見られる

 

地震震度階(気象庁震度階級) 《参考》

震度

名 称

  解         説

加速度の目安

(cm/sec2)

無感覚

人体に感じないで、地震計に記録される程度

0.8以下

T

微 震

静止している人や、特に地震に注意深い人だけに感ず

る程度の地震

8.0〜2.5

U

軽 震

大ぜいの人に感ずる程度のもので、戸障子がわずかに

動くのがわかるぐらいの地震

2.5〜8.0

V

弱 震

家屋はゆれ、戸障子がガタガタと鳴動し電灯のような

つり下げ物は相当にゆれ 器内の水面の動くのがわか

る程度の地震

8.0〜25.0

W

中 震

家屋の動揺がはげしく、すわりのわるい花びんなどは

倒れ、器内の水はあふれ出る。また歩いている人にも

感じられ、多くの人々は戸外に飛び出す程度の地震

25.0〜80.0

X

強 震

壁に割れ目がはいり、墓石、石どうろうが倒れたり、

煙突、石垣などが破損する程度の地震

80.0〜250

Y

烈 震

家屋の倒壊数が全体の30%以下で、山くずれが起き

地割れを生じ、多くの人々は立っていることが出来な

250〜400

Z

激 震

家屋の倒壊数が30%以上におよび、山崩れ、地割れ

断層などを生ずる

400以上

 

問題点と反省

現在の設計基準では中地震(50年間に数回遭遇する地動加速度100gal 程度で震度X相当)ではほとんど建築物には被害を生じさせない事、大地震(100年間に1度遭遇あるかないか程度の地動加速度400gal 程度で震度Yから震度Zの前半に相当)では、建物には補修が可能程度の被害であり、倒壊させず、人命を損なうことなく避難可能とする要求性能としている。これにもとずき私たち構造設計者は構造設計を行っているものの、施主は耐震設計をしてあるということはどんな規模の地震に遭遇しても建物は無被害であると考えられているようである。この点に双方の認識の違いがあることが今回の地震での大きな問題点である。この点を施主に充分説明しておなかったことを反省する必要がある。

 確認申請が通れば問題無しとしてきた設計のあり方、基準法は最低を決めているのが、あたかも設計の目標標準のごとくなっている事実、経済性の為に、耐震規定ギリギリの設計をする事に馴れてしまったゆえ、昨今のコンピューターの進歩によって徹底した最低レベルの設計となり、ゆとりの無い建物となっているのが現状である。コスト競争との絡みもあるが、プラスアルフアーとしてのA,B,Cの選択を発注者に提供し問題意識をもって提案、議論すべきではないか。

 又、施主側にも問題がある。建築物が竣工した後は基準法では建築主に建物の保全を義務ずけている。設計基準が改正されれば本来建物もそれなりの耐力を上げる必要がある。

しかし基準法は遡及処置を義務つけていないため、結果として古い建物に被害が出る結果となる。

 さらに我々日常的に行ってきた設計の方法は問題無かったか、たとえば、地震によってクラックの入った非耐力壁(雑壁)を見てこれは雑壁だから問題無いとか、壊れたエキスパンションジョイントをこれはもともと壊れるようになっているからいいとか、非常時に使えない非常階段、その他開閉出来ないドアー、破損した仕上げ材、用をなさない設備機器等において設計側の論理で判断しているのが現状ではないか、さらに設計をたずさわる人々の中にはたして建物の変形量と仕上げの関係、変形の許容量の把握が出来ているか、変形に対する逃げ寸法とか、取り付け方法に配慮した設計が出来ているか等、地震レベルと建物の変形の関係が定量的に把握出来ているか、それらをもっと明確化する事が求められている。この件は他社も同じ様な考えであるが、我々は技術屋とし今一度原点に立戻って見直し、耐震対応型の建築物を求められていることを忘れてはならない。

 品質管理上これまでの監理方法に問題無いか。建築物の品質確保には工事監理は無くてはならない。それも独立部門として厳正な立場として監理出来る事が前提となる。設計、施工、監理の義務と責任の明確化の確立と共に、近い将来PL法(製造物責任)が立法化し、今までの感覚とは違った価値観で安全や品質管理にかかわる「建設PL法」の研究、検討を進めなければならない。

 鉄骨業者、杭業者等を決定する要素はコストオンリーになっていないか、設計の立場から言えば、コストと業者の技術レベルを要素にすべきではないか。

 最近中古マンション市場において新耐震以前の建物、1階ピロティ形式の建物は、価格の低下がみられている。今後は、仕上げ材、設備機器のみならず、耐震のグレードが価格に反映される事になるであろう。

結論

上記問題点をさらに深く掘り下げ抽出し、各部署の人々と納得行くまで協議し、一般社会の合意が得られる品質保証工程(ISO9001)によって、発注者が納得し、安心して満足いく建築物を提供することである。

参考文献:日本建築学会